ALPS処理水論争

 福島第一原子力発電所の汚染水から、トリチウム以外の62核種を基準値以下にしたALPS処理水の海洋放出が、8月24日から始まりました。

 中国や韓国の左派政党は、科学的根拠を示さずに日本を批判しています。日本にも反対派はいます。
 そこで、反対派の言い分と、政府や東電等の言い分とを比べてみましょう。

 まず、トリチウムの危険性についてですが、中国や韓国の原発は、ALPS処理水より多くのトリチウムを海洋に既に放出しています。
(https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/shirou_alps/no2/)
 したがって、中国や韓国がトリチウムの海洋放出に反対するのは、二枚舌であり論外です。

 次に、ALPS処理水は、通常の原発から海洋放出される処理水とは違い、トリチウム以外の放射性核種を含んでいるから危険、との指摘があります。

 これについては、Science Portal によれば、「放射性物質は天然、人工を合わせて全部で1000核種ほどあるとされる。東電はそこから、原子炉停止30日後の炉心に存在するだろう核種を評価。水に溶けない核種などを除外し、セシウムやストロンチウムなど62核種をALPSで汚染水から除去する主要なターゲットに定めた。」とあります。
(https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20230824_n01/)

 そして、この62核種について、トリチウム以外の核種は、規制基準未満になるまで浄化する、とあります。
(https://www.env.go.jp/chemi/rhm/r3kisoshiryo/r3kiso-06-03-08.html)

図1)⼆次処理による処理前後の放射性物質の濃度⽐較
(https://www.tepco.co.jp/decommission/information/newsrelease/reference/pdf/2020/2h/rf_20201224_1.pdf より)

 一方、FoeJapan は、基準未満であっても放射性物質の「総量」が示されていないことが問題であるとしています。
(https://foejapan.org/issue/20230801/13668/)
 ただ、なぜ総量がわからないとダメなのか、総量の許容範囲はどの程度と考えるのか、などの説明が見当たりません。

 総量は、現在も汚染水が生産され続けているので、はっきりと示すことはできないでしょう。燃料デブリの取り出し、もしくは、事故炉への地下水等の流入を止めない限り増え続けてしまいます。(ちなみに、燃料デブリの取り出しは、現時点ではほぼ不可能に近い、極めて困難な作業と考えられます。)

 また、上記 FoeJapan のサイトでは「二次処理した結果、どのくらい残留するかもわかっていません」と、あります。
 これについては、「規制基準未満になるまで浄化する」と、環境省や東電のサイトにも書かれているので、核種ごとの「規制基準未満」が、その答えになるでしょう。

 さらに、この FoeJapan のサイトでは point 2 として、ALPSで処理された水に基準値以上の核種があったことがメディアの報道でわかった。とあります。
 これは事実です。しかし、基準値以上の核種が残った処理水を放出するわけではありません。

 私たちは、自然界から常に放射線を浴びています。日本人は平均 2.1 ミリシーベルト/年とされています。
 このなかには、食べ物から受ける放射線(約0.99ミリシーベルト/年)も含まれています。
(https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h28kisoshiryo/h28kiso-02-05-12.html)

 これに対し、電気事業連合会の説明では、海洋放出した場合の影響は桁違いに小さく、 2.1 ミリシーベルト/年の10万分の1未満としています(図2)。

図2:被ばく線量の比較(https://www.fepc.or.jp/enelog/focus/vol_47.html より)

 この説明が正しいとした場合、それでも危険という人は、普通に食べ物を食べれなくなってしまいます。

 FoeJapan は、排出される放射性物質の総量が示されていないことを問題視していましたが、総量よりも年間どの程度の被ばく線量になるのか、のほうが重要なのではないでしょうか。なぜなら、単位時間あたりの被ばく線量が多くなると、健康への影響(がんのリスクが上昇)が出てくるからです。

 ALPS処理水の海洋放出については、国際原子力機関 (IAEA) が国際基準に合致していると結論づけています。
(https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/shirou_alps/reports/02/)

 しかし、日本が IAEA に分担金を支払っていることや、日本人職員を派遣していることなどから、IAEA の中立性を疑問視する声があります。
 この点について、東京新聞の望月衣塑子記者の質問に対し、松野博一官房長官が、今年の日本の IAEA の分担率は 7.8% で、海洋放出に反発する中国は 14.5% と日本より多いことを示しています。
(https://www.sankei.com/article/20230831-6SA4ZPQYPJMBRNLKBSK4DBQM4I/)
 したがって、IAEA の中立性を疑問視するには、根拠が乏しいといえます。

 一方、東京電力が信用できない、政府が信用できない、といった意見があります。これについては、私も納得するところがあります。
 東電に関しては、そもそも福島第一原子力発電所の事故は、専門家による津波想定を長年にわたって受け入れてこなかった東電による人災と考えられるからです。(詳しくは、島崎邦彦著『3.11 大津波の対策を邪魔した男たち』)
 そして、政府については、第二次安倍政権以降の情報の隠ぺい、改ざん、破棄、国会での虚偽答弁など、信用できない要素は山ほどあります。

 東電や政府が信用できないことは置いておいて、科学的な論点をまとめてみましょう。

 トリチウムの海洋放出を危険とするのであれば、それは、ALPS処理水に限ったものではなく、世界の原発すべてを対象とした話になります。
 となると、今回の海洋放出に関する論争は、ALPS処理水には普通の原発処理水とは異なり、トリチウム以外の放射性物質が含まれる点、に収束するのではないでしょうか。

 そして、その安全性については、「たとえ基準値以下であろうと、人体に害を及ぼす可能性が100%ないとは言い切れないから危険だ!」などと考える人がいるでしょう。

 一方で、「私たちは常に自然界から放射線を浴びている。もちろん、食べ物からも。今回の海洋放出による被ばく量は、そうした自然界からの被ばく量の10万分の1未満に過ぎない。その量で人体に害を及ぼすというなら、X線検査や飛行機に乗ることも当然できなくなってしまう。」などと考える人もいるでしょう。

 基準値以下だろうと危険、と考える人たちは、私たちは自然界から、食べ物からも放射線を浴びていることや、レントゲン検査すれば、飛行機に乗れば、より多くの放射線を浴びるといった事実についても、ぜひ考えを巡らせてほしいです。

2023年09月04日