その他のブログ

電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (6)

 今回は、電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (5) 同様に、case1) 2020年の販売台数を9500万台、2050年を1億2500万台とし、毎年100万台の増産とした場合、に加え、case2) 2020年から2050年まで販売台数は9500万台のままとした場合、とで、2020年から2050年までの間に排出されるCO2の総量を比較してみます。

 case1) のガソリン車と電気自動車の比率は、電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (5) と同じです。そして、年間2万キロ走行で20万キロ走行時点(10年間)で廃車とします。
 Fig.1 は年ごとの生涯CO2排出量を表しています。例えば2020年は、ガソリン車と電気自動車あわせて9500万台が生産されます。それらがすべて20万キロ(10年間)走った場合に排出されるCO2排出量が2020年の棒グラフになります。
 2042年以降は2050年まで、9年分、8年分、、、1年分の排出量になるため、グラフが右下がりになります。
 このようにして見積もられた2050年までに排出されるCO2の総量は、16,865,225 [トン] となります。

Fig.1

 case2) はすべてガソリン車で計算します。2042年以降は case1) と同様の理由でグラフが右下がりになります。
 このようにして見積もられた2050年までに排出されるCO2の総量は、15,562,900 [トン] となります(マイナス7.7%)。

Fig.2

 2020年から2050年までに排出されるCO2の総量でみても、経済発展(毎年増産)を技術革新(電気自動車)で補おうとするSDGs的発想は破綻していることがわかります。
 技術革新をせずに(ガソリン車のまま)、経済発展を抑制(生産台数は横ばい)したほうが、2050年までに排出されるCO2が削減できる計算になります。

 これまで数回にわたって考えてきた電気自動車普及の効果については、ある仮定にもとづく単純な計算に過ぎません。
 しかしながら、今世界の大きな流れになっている電気自動車への移行については、人類が生き延びるための地球環境保全を優先するのであれば見直すべき、少なくとも再考すべき事案です。
 一方、資本主義における主導権争いが優先されるならその必要はないでしょう。

 SDGs そのものが、どうも大きな矛盾を抱えていることが、これまでの調べで見えてきました。
 そのことは横に置いて、再度、 電気自動車はSDGs的にアリか?を考えると、CO2排出だけでなく、別の面からも SDGs的にナシ!といえることがあります。そのことについては、また別の機会に考えてみたいと思います。

2022年08月02日

電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (5)

 電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (4) では、2020年以降に販売される自動車が全てガソリン車だった場合と、全て電気自動車だった場合とで、2050年までに排出される総CO2排出量の比較を行ってみました。
 その結果、全て電気自動車のほうが 11.3% の削減となりました。しかし、全てガソリン車で販売台数を2050年まで同じにしたほうがよりCO2が削減できる、言い換えるなら販売台数を調整したほうが、電気自動車に乗り換えるより効果的でした。

 CO2の排出量は、毎年見積もられています。そこで、今回は年ごとのCO2排出量を単純なモデルで考えてみます。
 大和証券による「世界の自動車販売台数の見通し」(https://www.daiwa.jp/products/fund/201802_ev/change.html)をもとに、2020年の販売台数を9500万台、2050年を1億2500万台とし、毎年100万台の増産とします。
 ガソリン車と電気自動車のCO2排出量の見積りは、今回も Volvo (2021) を使用し、全車1年間で2万キロ走行したと仮定します。

 ガソリン車と電気自動車の比率については、2020年にガソリン車9050万台、電気自動車450万台とします。ガソリン車は毎年350万台減産、電気自動車は毎年450万台増産し、2046年でガソリン車0台、電気自動車1億2100万台になるようにします。
 その結果を示したグラフが Fig.1 になります。

Fig.1

 (なんと!)多くの人が良かれと思っている電気自動車を増やせば増やすほど、年ごとのCO2排出量は毎年増えてしまいます。

 SDGs(持続可能な開発目標)では、経済成長と気候変動対策を技術革新で両立させることを目的としていると考えられます。
 ところがこの図(Fig.1)は、電気自動車という新たな技術による経済成長と、気候変動対策としてのCO2削減は両立しないことを物語っています。

 では、販売台数を2050年まで9500万台のままにしたらどうでしょう?
 Fig.2 はその仮定での見積もりです。それでも、2046年まで毎年のCO2排出量は増えてしまいます。

Fig.2

 次に、毎年100万台の減産で、2050年には電気自動車のみ6500万台になるとしたらどうでしょう?
 Fig.3 がその結果になります。2046年までほぼ横ばいで経過しています。
 車両総数を毎年減産しても、電気自動車の割合を増やしてしまっては、CO2排出量削減にはならないようです。

Fig.3

 非常に単純化した見積りではありますが、電気自動車の普及は、毎年のCO2排出量を減らすどころか、むしろ増やす結果になってしまうようです。

2022年07月26日

電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (4)

 電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (2) と (3) で、ガソリン車と電気自動車(EV)の生涯にわたる二酸化炭素(CO2)排出量の比較を見てきました。
 いずれの試算でも、新車時点では電気自動車のほうがCO2排出量が多いものの、9万〜11万キロメートル走行した時点でガソリン車より減少するといった結果でした。
 果たして、この結果が意味するところは実際どういったことなのでしょうか?単純化したモデルで考えてみます。

 下記のグラフ(Fig.1)は大和証券のホームページにあった「世界の自動車販売台数の見通し」になります。

Fig.1:https://www.daiwa.jp/products/fund/201802_ev/change.html より

 このグラフから、2020年の自動車販売台数を9500万台、2050年が1億2500万台とします。
 SDGsの最終目標年である2050年までの31年間に、世界の自動車が出すCO2の総量を、ガソリン車と電気自動車とで比較してみます。ここでは、現在走っている自動車のことは無視し、新車販売される車のみの影響を考えます。

 Fig.1では年を追うごとにガソリン車が減り、電気自動車が増えていますが、簡単のため、毎年、全てガソリン車もしくは全て電気自動車が販売されるものとします。また、毎年100万台ずつ増えて、2050年が1億2500万台になるものとします。

 https://carlease.carlifestadium.com/column/2021/01/20/車の走行距離はどれくらいが目安になる?維持費/ などでは、日本における一般的な車の年間走行距離を、10,000キロ程度としています。
 一方、https://jdpower-japan.com/column/3346/#:~:text=アメリカ合衆国運輸省によると,ほど車を運転する。 によれば、平均的なアメリカ人の年間走行距離は、約13,474マイル* (約21,684キロ)です。

 ここでは、年間走行距離を2万キロとし、20万キロ(10年間)走行した時点で廃車になると仮定します。
 ガソリン車と電気自動車の生涯にわたるCO2排出量の値は、Volvo (2021) :https://www.volvocars.com/images/v/-/media/Market-Assets/INTL/Applications/DotCom/PDF/C40/Volvo-C40-Recharge-LCA-report.pdf を参考にします。

 2020年に販売される9500万台の生涯にわたるCO2排出量は、ガソリン車の場合は 59トン × 9500万台、電気自動車の場合は 50トン × 9500万台になります。2021年以降は、毎年100万台ずつ増えて同じ計算をします。
 しかし、2042年以降に販売される自動車については、2050年までに20万キロ(10年間)に到達しません。2042年は18万キロ、2041年は16万キロ、・・・、2050年は2万キロ走行時点でのCO2排出量で計算します。

 9万~11万キロが、ガソリン車の総CO2排出量が電気自動車を上回る分岐点なので、下表(Table1)のように、2046年以降は、逆に電気自動車の総CO2排出量がガソリン車を上回ることになります。

Table1 生涯CO2排出量比較


 2020年以降に販売される自動車が全て電気自動車だった場合、2050年までに排出される総CO2排出量は、ガソリン車のそれに比べ 11.3% の削減となります。
 一方、全てガソリン車として、販売台数を2050年まで毎年9500万台のまま、とした場合はどうでしょう?
 1.4% とわずかではありますが、前述の全て電気自動車の総CO2排出量より少なくなります。

 2022年4月4日付の「SDGsは実現可能か?」で、LEDランプを例に書きましたが、省電力な商品であっても、使用する数量が増えてしまえば、消費電力は増えてしまいます。CO2排出量についても同様です。

 また、9万〜11万キロ走行した時点で、電気自動車のほうがガソリン車より総CO2排出量が減少するということは、新車から、日本なら10年間、アメリカなら5年間は、電気自動車のほうがより多くのCO2を排出しているということを意味します。

 電気自動車は作れば作るほど、完成した段階では、皮肉なことに、より多くのCO2を排出してしまいます。
 そして、上記の単純な思考実験のように、減らせたとしても一割強。それよりも、生産台数を制限した方が効果的です。

 使用すれば 9万〜11万キロで逆転するとはいえ、新車段階でガソリン車よりも多くのCO2を排出している電気自動車って、はたして本当に「環境にやさしい」といえるのでしょうか?疑問を抱いてしまいます。

2022年07月19日

国を守る。暮らしを守る。

 7月10日投開票の参議院選挙で示された各党の選挙公報をあらためて見ますと、「国を守る」、「暮らしを守る」、「日本を守る」といった文言を複数の政党が示していました。
 これは、ロシアのウクライナ侵攻に関連した軍事的な意味だけでなく、エネルギーや食糧など私たちの生活に関わる危機感から、政治が国民の生活を守ることを訴えたかったからではないかと推測します。

 選挙前の5月、自民党は原油や小麦などの価格高騰に対し、食料の安全保障強化策として、小麦や大豆の国産化を進めるとの報道がありました(https://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000254959.html)。
 この報道を聞いたとき、最初に思ったことは「誰が作るのだろう?」といったことです。農家の高齢化と後継者難はすでに顕在化しています。そればかりか、日本社会全体が高齢化しています。いったい誰が作物を作るのでしょうか?
 「外国人技能実習生を増やせば良い」などと考える人がいるかもしれません。しかし、外国人技能実習生の制度は「現代の奴隷」などと非難されることもあります。それに、国力がどんどん低下している日本に、労働者として外国人を惹きつける魅力が今後もあるとは限りません。より賃金の高い国に外国人労働者を奪われることも考えられます。

 若い働き手がいないということは、農業だけでなく私たちの暮らし全般が脅かされます。国土強靭化で防災力アップといっても、誰がそのハードを整備するのでしょうか。各地の消防団員も減少しています。防衛については、予算を増やして武器や設備を充実させることは可能でしょう。しかし、自衛隊員がいなければ国は守れません。

 よく「少子高齢化」といった言葉が使われますが、少子化と高齢化は別物です。高齢化が進んでいたとしても、少子化でなければ、言い換えるなら高齢者を支える働き手がいれば、今の年金問題などは生じません。

 国を守ること、暮らしを守ること、その礎は人です。

2022年07月12日

電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (3)

 電気自動車(EV: Electric Vehicle)の生涯(ライフサイクル)にわたる二酸化炭素(CO2)排出量の見積りについて、今回は自動車メーカーのマツダが関与した論文と、その反論のWeb記事を取り上げます。

 Kawamoto et al., 2019, Estimation of CO2 Emissions of Internal Combustion Engine Vehicle and Battery Electric Vehicle Using LCA, Sustainability, doi:10.3390/su11092690 によれば、
 (1) 新車完成時のCO2排出量は、EVのほうがガソリン車やディーゼル車よりも多いが、走行距離が長くなると逆転する。
 (2) 世界の地域により、発電方法(火力や再生可能エネルギーなど)が異なるため、EVのCO2排出量は地域で異なる。
 (3) EVの普及だけがCO2排出削減の解決策ではなく、地域の特性を考慮しガソリン車やディーゼル車の利用も必要。
としています。
 特に (3) は、ガソリン車やディーゼル車を生産し続けるマツダらしい結論に感じます。

 これに対し、EVsmartBlog (https://blog.evsmart.net/) などEV推進派が反論しています。
 この論文の内容自体に誤りはなさそうなものの、前提条件のいくつかに問題があると指摘しています。(https://blog.evsmart.net/electric-vehicles/electric-is-cleaner-mazda-lca/ )

 ひとつは、バッテリー製造時のCO2排出量です。論文の引用は古いデータであり、近年のデータよりも排出量が多く見積もられている、としています。
 論文は2019年に発行されていますが、引用データは2010年〜2013年と確かにやや古いです。

 次に、この論文では16万キロメートル走行した時点でバッテリーを交換する必要があるとしています。16万キロはメーカーの保証期間になります。
 一方 EVsmartBlog は、テスラ車のバッテリー性能を調査しているある研究が、25万7千キロ走ってバッテリー劣化が10%といった結果を示していることから、16万キロ走行時点でのバッテリー交換は不要と主張しています。

 そして、こうした前提条件を現実的なものに置き換えて、この論文同様の計算をした場合、日本では9万〜11万キロメートル走行した時点で、EVの生涯CO2排出量がガソリン車を下回る、としています。

 6月21日付「電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (2)」では、ボルボによる見積りを紹介しています。
 通常の発電方法の場合は約11万キロメートル、世界の平均的な再生可能エネルギーで供給された場合は約7万7千キロメートルが逆転する距離でした。

 マツダ論文(Kawamoto et al., 2019)の前提条件を変えて再計算した EVsmartBlog による結果は、ボルボによる見積りに近いものとなりました。
 となると、EVsmartBlog の結果のほうが、もっともらしいと感じてしまいます。

2022年06月28日

電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (2)

 電気自動車(EV: Electric Vehicle)の二酸化炭素(CO2)排出量を正確に見積もることは、大変困難な作業になります。その理由は、特にCO2排出量が多いとされるバッテリー製造に関わるサプライチェーンが複雑なことにあります(6月14日付「電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (1)」参照)。

 それでも、どれだけ環境負荷を軽減できるのかを見積もることは、EVへの移行が意味あることなのかどうかを判断するためには必要なことです。
 まずは、2030年までに新車販売のすべてをEVにすると発表したスウェーデンの自動車大手ボルボによる見積もりを取り上げます。
 これについては、日本語で紹介している「電気自動車の製造時には「ガソリン車の1.7倍のCO2を排出」していた!ボルボの試算だと、EVがガソリン車よりもエコになるには、約11万キロも走らねばならない」投稿日:2021/11/14 (https://intensive911.com/?p=246523)が参考になります。
 元の報告書は、https://www.volvocars.com/images/v/-/media/Market-Assets/INTL/Applications/DotCom/PDF/C40/Volvo-C40-Recharge-LCA-report.pdf になります。

 この記事によりますと、同社の電気自動車である「C40リチャージ(XC40リチャージのクーペボディ)」の製造工程では、そのガソリン版である「XC40」に比べて70%以上(1.7倍)の排出ガス(CO2)が発生する、とのことです。この実験は、原材料の採掘から廃棄までの12万4,000マイル(20万キロ)におけるLCA(ライフサイクルアセスメント)による検証です。
 注目点は、それが2030年までに新車販売のすべてをEVにすると発表した自動車メーカーによってなされたことです。言い換えるなら、推進派がEVはエコとは言い切れないことを示したということです。
 これに対して、仮定が間違っている等の指摘をしているネット記事もありますが、そもそも正確に見積もること自体が難しい問題です。いろいろと注文をつけることはできるでしょう。

 さて、クルマの寿命を長期的に考慮した場合、損益分岐点(ガソリン車とEVの総CO2排出量が逆転する走行距離)がある点にも注意しなければなりません。
 この損益分岐点は、再生可能エネルギーを使っているかどうかといった発電方法によって異なってきます。その分岐点は供給エネルギー別で以下になります。
 (1) 通常の発電方法の場合:約11万キロメートル
 (2) 世界の平均的な再生可能エネルギーで供給された場合:約7万7千キロメートル
 (3) 全て再生可能エネルギーの場合:約4万9千キロメートル

https://www.volvocars.com/images/v/-/media/Market-Assets/INTL/Applications/DotCom/PDF/C40/Volvo-C40-Recharge-LCA-report.pdf より

 上図の点線がガソリン車になります。走行距離ゼロのときは、EVよりもCO2排出量が少ないですが、例えば、約4万9千キロメートル走ったところで、全て再生可能エネルギーで充電されたEVよりも多くのCO2を排出することが示されています(図中の49の数字のところ)。

 下表は、ガソリン車(XC40 ICE)とEVの充電時の発電方法別による20万キロメートル走行時のCO2排出量を見積もったものです。

https://www.volvocars.com/images/v/-/media/Market-Assets/INTL/Applications/DotCom/PDF/C40/Volvo-C40-Recharge-LCA-report.pdf より

 Materials production and refining が原材料の採掘と生産工程、Li-ion battery modules がリチウムイオンバッテリー製造時、Use phase emissions が走行時におけるぞれぞれのCO2排出量の見積りになります。
 「電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (1)」では、EV の生涯にわたるCO2総排出量の約80%は、バッテリー製造時と使用時の電力を作る際に発生する(Mark Mills, 2021)、とありましたが、この表からバッテリー製造時と使用時の電力を C40 Recharge (global electricity mix) で計算すると、(7+24)/50 = 62% となります。
 Materials production and refining がガソリン車より4トン多いですが、これもバッテリー製造に関わるものとした場合でも、(4+7+24)/50 = 70% と、Mark Mills (2021) の 80% にはならず、少し開きがあります。

 次に、EVの新車完成時点(走行前)におけるバッテリー製造が占めるCO2排出量の割合は、7/(7+18) = 28%になります。上記同様に、Materials production and refining がガソリン車より4トン多い点を考慮すると、(4+7)/(7+18) = 44% になります。
 EVの新車完成時点でバッテリー製造により排出されるCO2は、生涯排出量の28%〜44%もあると考えられます。

 今回のボルボの試算は、走行時の発電方法の違いまで考慮したものでした。しかし、石油採掘からガソリン精製、そして給油までに排出されたCO2と、発電設備建設に必要な資源採掘から発電、そして車へ充電されるまでに排出されたCO2との比較までは考慮されてはいないようです。(上表の global electricity mix, EU-28 electricitymix, wind electricity の Materials production and refining が全て18トンと同じことからの推測。)

 EVの普及には給油所ならぬ給電所の設置も必要になります。給電所のほかに需要拡大に伴う新たな発電所建設も必要になるでしょう。このような点にも注意が必要です。

2022年06月21日

電気自動車はSDGs的にアリか? - CO2排出量から - (1)

 電気自動車(EV: Electric Vehicle)で後塵を拝していた日本企業も今、その開発に力を入れています。
 脱炭素やカーボンニュートラルが叫ばれ、世界(特にヨーロッパ)の自動車市場からはガソリン車だけでなく、ハイブリッド車まで締め出されてしまおうとされています。

 こうした動きは、SDGs や地球温暖化にかこつけた金儲け(覇権争い)と考えると、いろいろ納得のいくことが多いのですが、そのことはさておき、電気自動車はSDGs的にアリといえるのか?を考えてみます。

 過日、脱炭素を取り上げていたNHKの番組のなかで、ある子供がその解決法として電気自動車の普及をあげていました。ガソリン車がなくなって電気自動車になれば明るい未来が待っている、と思わされている人は多いのではないでしょうか。
 かく言う私も、最近まで何となくいいのかな?と思っていました。ところが色々調べてみると、本当に環境に良いのか?と疑念を抱くようになってしまいました。

 EV に限らず製品やサービスの本当の二酸化炭素(CO2)排出量を見積もるには、使用時だけでなく、原料の採掘や加工から輸送、製造、廃棄(リサイクル)に至るまで全般に渡る総排出量で考えなければなりません。使用時もそれ以外のときでもCO2であることに変わりありません。
 仮に、使用時のCO2排出量が少なかったとしても、製造時等で大量に排出していたなら、それも大きな環境負荷となります。

 こうした「揺り籠から墓場まで」でのライフサイクル全体で、環境負荷を定量的に評価する方法がライフサイクルアセスメント(LCA:Life Cycle Assessment)になります。
 EV とガソリン車のCO2排出量を比較するには、使用時のみで考えるのではなく、このLCAによる評価が適切です。

 Mark Mills, 2021, The tough calculus of emissions and the future of EVs, From materials and batteries to manufacturing, calculating the real carbon cost of EVs is just getting started (https://techcrunch.com/2021/08/22/the-tough-calculus-of-emissions-and-the-future-of-evs/) は、LCAによるEVの本当のCO2排出量に関する報告になります。

 この文献では冒頭で、「投資家や政治家は、EVが世界の二酸化炭素排出量を大幅に削減すると考えているが、それは決して明らかではない。」と、EV によるCO2排出削減効果は明確ではない(場合によっては疑わしい)と言っています。
 EV の生涯にわたるCO2総排出量の約80%は、バッテリー製造時と使用時の電力を作る際に発生するとしています。

 これに対して、「使用時の発電を再生可能エネルギーにすればCO2は減る」といった主張があります。発電についてもLCAで考える必要がありますが、その考察は別途機会に譲ります。
 また、環境負荷はCO2排出だけではありません。本当に環境負荷を減らしたいなら、CO2以外の環境負荷についても考察すべきです。さらに、SDGsの観点からは、人権などの要素も考慮しなければなりません。 

 話を戻します。Mark Mills (2021) によれば、バッテリー製造に関わるサプライチェーンが複雑なため、CO2排出量の数値化がそもそも困難だと主張しています。
 例えば、50の学術研究を調査した論文(レビュー)によれば、EVのバッテリー1つを製造する際に排出されるCO2は8〜20トンと大きな幅があるとのことです。EV用バッテリーが作られるまでのCO2排出量は、無数の仮定に基づく推定値である、としています。
 要はどのような仮定を採用するかによって、結果が大きく変わってくるということです。別の言い方をするなら、バッテリー製造までに排出される真のCO2量は、今のところ誰にもわからないということになります。

 それでも、ある仮定によりCO2排出量を算出して、どれだけ環境負荷を軽減できるのかを見積もることは重要です。
 具体的な見積もりの考察については、次回以降に取り上げます。

2022年06月14日

レジ袋、種類別の環境負荷

 5月31日のブログ「レジ袋vsマイバッグ」では、レジ袋とマイバッグの環境負荷を二酸化炭素(CO2)排出量の視点から研究した結果を紹介しました。ひと言でいえば、マイバッグのCO2排出量はおよそ50回使ってレジ袋並みになる、といった内容でした。

 今回は2018年に発表されたデンマークの研究結果 "Life Cycle Assessment of grocery carrier bags" (https://www2.mst.dk/udgiv/publications/2018/02/978-87-93614-73-4.pdf) を見てみたいと思います。
 デンマーク国内で容易に手に入るキャリーバッグの種類別に、スーパーマッケットから家庭まで、平均容積22リットル、平均重量12キログラムの1回分の食料品を運ぶ想定の実験になります。1回分で12キログラムの食料品とは、かなり重いですね。
 基準となる平均的なレジ袋はLDPE(低密度ポリエチレン)1枚になります。LDPEは日本で流通している大半のレジ袋原料HDPE(高密度ポリエチレン)に比べて柔軟性があります。日本のレジ袋に慣れていると、使いにくいと感じるかもしれません。
 プラスチック系のキャリーバッグは、シンプルなLDPE製意外にハンドルが硬質なLDPE製やリサイクルLDPE、バイオプラスチック製など8種類、紙製は無漂白と晒し、繊維製はコットン(綿)とオーガニックコットン、さらに繊維とプラスチックの複合素材製を含め、計13種類別にLCAの観点から環境負荷の度合いを導き出し、比較しています。
 環境負荷の度合いは、気候変動、オゾン層破壊、資源枯渇(化石および生物)、水資源枯渇など推奨環境影響(EUC2010)とよばれる複数の項目に対して実施されました。

 比較は、平均的なレジ袋LDPEキャリーバッグをゴミ箱用に再利用した場合とで行われました。
 結果、LDPE以外のプラスチック製キャリーバッグは、環境負荷の全指標を考慮した場合、30〜80回程度は買い物袋としての再利用が必要となりました。紙製は40回程度でした。
 一方、従来のコットンは7,100回、オーガニックコットンは20,000回、そして複合素材が870回でした。

 石油由来のプラスチック製よりも、天然素材のコットンのほうが環境負荷が大きい、しかもオーガニックコットンが最も大きい結果を示しています。
 首をかしげてしまいます。なぜコットン、なかでもオーガニックコットンの環境負荷がそんなに大きいのか?この報告書からは、その理由を読み取ることができませんでした(私の力不足かもしれませんが、、、)。

 コットンの謎はさておき、5月31日付「レジ袋vsマイバッグ」でも、今回のデンマークの研究結果でも、レジ袋より丈夫なマイバッグ等は、丈夫な分、環境負荷が大きくなることは確かなようです。
 どうやら、レジ袋を繰り返しレジ袋として再利用することが、最も環境負荷が小さくなりそうです。しかし、さほど丈夫ではないので、何十回も再利用するのは無理かもしれません。

2022年06月07日

レジ袋vsマイバッグ

 レジ袋が有料化されて以降、個人で実践しているSDGsの取り組みとして「マイバッグを使う」と答える人は多くなったのではないでしょうか。
 有料のレジ袋を買うのはもったいないと考える人もいるかもしれませんが、SDGsを意識している人なら「地球環境のため」にマイバッグを使うと考えているでしょう。

 しかし、本当に環境に良いのか?自分で調べて納得して、レジ袋からマイバッグへと移行した人は、実際のところかなり少ないのではないかと思います。なぜなら、マイバッグも環境に負荷を与えているからです。使い方によっては、それがレジ袋以上になることもあります。

 眞弓和也ほか, 2009, 環境配慮行動支援のためのレジ袋とマイバッグのLCA(https://www.jstage.jst.go.jp/article/ilcaj/2008/0/2008_0_130/_pdf)は、レジ袋とマイバッグのCO2(二酸化炭素)排出量を算出した調査報告になります。
 LCA (Life Cycle Assessment: ライフサイクルアセスメント) とは、製品のもととなる資源採取から廃棄に至るまでの全過程(ライフサイクル)における環境負荷を科学的に評価する手法です。
 Fig.1 はプラスチックを例にしたLCAの概念になります。

Fig.1:LCAを考える 「ライフサイクルアセスメント」考え方と分析事例, 一般社団法人 プラスチック循環利用協会(PWMI), 2019 (https://www.pwmi.or.jp/pdf/panf6.pdf)

 さて、眞弓和也ほか (2009) ではレジ袋とマイバッグそれぞれ1枚づつのLCAからCO2排出量を比較しています。
 前提条件は、1枚の重量がレジ袋 3.0g, マイバッグ 32.2g, 原料・製造・輸送・処分それぞれの段階で排出されるCO2の合計がレジ袋 15.4g, マイバッグ 781.7g です。全段階でマイバッグのほうがCO2排出量が多くなります。特に原料と製造段階でポリエステル生地の製造と製品加工にかかる環境負荷が大きくなっています。
 Fig.2 は買い物の回数とCO2排出量の関係をまとめた図になります。

Fig.2:LCAを考える 「ライフサイクルアセスメント」考え方と分析事例, 一般社団法人 プラスチック循環利用協会(PWMI), 2019 (https://www.pwmi.or.jp/pdf/panf6.pdf)

 マイバッグは耐用使用回数の異なる3種類で比較しています。
 レジ袋は1回に1枚使用、マイバッグはそれぞれ耐用使用回数の上限(25, 50, 100回)に達したら、新しいものに買い換えます。そのため、マイバッグのグラフは階段状になっています。

 この図が示していることは、耐用使用回数25回のマイバッグだとレジ袋よりCO2排出量が多く、50回のマイバッグで同程度、100回耐えうるものなら、100回を超えた段階でレジ袋よりCO2排出量が少なくなる、といったことになります。

 「レジ袋よりマイバッグ」と安易にいえないことがわかります。また、「これ、おしゃれ」などとマイバッグをいくつも買うこと自体、レジ袋よりも大きな環境負荷を与えているということになります。

 本気で環境負荷を少なくしたいなら、政府やマスコミの宣伝をまずは疑って、自分で調べてみることが大切なようです。

2022年05月31日

原料から考えるレジ袋有料化の効果

 レジ袋の原料はポリエチレンで、ポリエチレンはプラスチックの一種です。
 そして、プラスチックは石油からつくられるナフサが原料となります。レジ袋は石油の一種ナフサが原料というわけです。

 5月2日のブログ「レジ袋有料化は地球温暖化抑止に役立つのか」では、ポリエチレン市場規模の年推移からレジ袋有料化の効果(地球温暖化抑制、CO2削減)を検証してみました。
 その結果、ポリエチレンの消費削減効果はあったとしても2020年のたった1年でしかない可能性が示されました。

 今回は、さらに上流にさかのぼって、ナフサの消費(需要)から、レジ袋有料化の効果を考えてみます。
 Fig.1 は、経済産業省の石油製品需要想定検討会 燃料油ワーキンググループ により作成された「石油製品需要見通し」から作った図になります。一方、Fig.2 は5月2日のブログに掲載した「ポリエチレン市場に関する調査を実施(2021年)2021/08/24 株式会社矢野経済研究所 プレスリリース」の図を書き改めたものです。いずれの図も縦軸が誇張されています。


 両者を比較すると、いずれもレジ袋有料化が導入された2020年(Fig.1は年度)に、前年比で大きく減少しています。
 株式会社矢野経済研究所では、このポリエチレンの減少(Fig.2)はレジ袋有料化の影響があると分析していました。

 では、2020年度のナフサの減少(前年度比マイナス5.2%)も、主要因はレジ袋有料化なのでしょうか?
 2020年度は、新型コロナ(COVID-19)が世界規模で流行した年になります。COVID-19 により日本でも経済活動の縮小を余儀なくされました。
 それを象徴するような数字が以下になります。
---------------------------------------------------------------------
 ジェット燃料油
 2019年度 5,146 (千KL)
 2020年度 2,733 (千KL) :前年度比マイナス46.9%
---------------------------------------------------------------------
 これも、前述した「石油製品需要見通し」からのデータです。
 渡航が大幅に制限された結果が如実に表れています。

 レジ袋有料化は2020年7月からですから、その効果は丸一年間で計算される2021年のほうがより如実に現れるはずです。
 ところが、Fig.1のナフサでも、Fig.2のポリエチレンでも2021年は前年より増加すると見込まれています。
 したがって、2020年度のナフサの需要減少の主要因は、COVID-19の影響によるものと考えたほうがよいのではないでしょうか。

 そして、2021年(年度)のナフサの需要およびポリエチレンの市場規模の見込から言えることは、レジ袋有料化による地球温暖化抑制効果(CO2削減)は、残念ながら、ほとんどないということです。あったとしても、他所の増加で相殺されてしまい、全体としての効果は無いに等しい、となってしまうようです。

2022年05月23日

レジ袋有料化は地球温暖化抑止に役立つのか

 レジ袋有料化は地球温暖化対策(CO2削減)に役立っているのか? プラスチックの生産は原油全体のわずが3%で、そこからレジ袋に使われた原油を推計すると全体の 0.1% にも満たないことは、4月25日付のブログ「レジ袋有料化は何のため?」でも述べました。
 また、有料化によりレジ袋が全てなくなったわけではありません。新たに石油由来のエコバッグ(マイバッグ)も作られています。したがって、効果としては "焼け石に水" であることは容易に想像がつきます。
 しかし、それでは元も子もないので、プラスチック全体(レジ袋もここに含まれるので)の生産量の推移を調べてみました。レジ袋有料化は2020年7月からはじまったので、その前後のデータを探しました。


 

Fig.1: プラスチックの種類別生産量(https://www.vec.gr.jp/statistics/statistics_4.html)塩ビ工業・環境協会HPより

 これは2020年までのデータです。昨年(2021年)のデータはまだ掲載されていませんでした。

 プラスチック生産量の推移をさらに検索していたところ、画像からレジ袋の原料となるポリエチレン市場に関する調査のサイトを見つけました。以下にその図を示します。


Fig.2: ポリエチレン市場に関する調査を実施(2021年)2021/08/24 株式会社矢野経済研究所 プレスリリース
   https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2771

 ここには2021年(見込み)と2022年(予測)のデータも含まれていました。
 しかも、レジ袋の原料となるポリエチレン(PE)がさらに細分化されています。レジ袋は Fig.2 にあるHDPE(高密度ポリエチレン)に含まれます。
 2020年のHDPE出荷量は前年比93.2%の75万トンでした。
 これはレジ袋有料化の影響であると、株式会社矢野経済研究所では説明しています。
 ということは、レジ袋の原料となる石油の一部の消費が減ったわけですから、レジ袋有料化は地球温暖化抑止に役立っているといえそうです。
 しかし、2021年の出荷見込は75万9千トンと微増し、2022年は76万9千トンとさらに増えるとの予測を示しています。
 となると、レジ袋有料化の地球温暖化抑止効果はたった1年だけということになります。

 また、このデータでは輸入の分が考慮されていない点に注意が必要です。
 株式会社矢野経済研究所によれば、国内レジ袋市場に占める輸入品は7割と見ているメーカーもあるとのことです。したがって、上記に書かれていることは、あくまで国内のHDPE出荷量から考えられることになります。

 さらに、HDPEから作られるのはレジ袋だけではないことにも注意が必要です。
 メーカーはレジ袋で減った分を他の用途で補い、さらに消費拡大へとつなげる努力をしているものと考えられます。株式会社矢野経済研究所でも同様の説明をしていました。

 地球温暖化抑止とはCO2排出削減で、それは石油の消費削減を意味します。
 しかし、上記のデータは、レジ袋を有料化したところで石油製品であるポリエチレンの消費削減効果はたった1年で、その後は逆に増加に転じてしまう可能性を示しています。
 資本主義経済である以上、企業は利益につながる努力をするということです。

 企業の利益を確保しつつ、石油消費削減を実現するには、これらの企業が石油関連製品の販売ではない、環境負荷の少ない製品の販売へとシフトする以外に、SDGs(持続可能な開発目標)を実現するのは難しいのではないでしょうか。

2022年05月02日

レジ袋有料化は何のため?

 「何となく良さそうだから」。そんなイメージだけが先行して「環境保全のため」とされているもののひとつが「レジ袋有料化」ではないでしょうか。

 今の地球温暖化は人間活動による温室効果ガス(CO2など)が主要因、というのは世界の多くの研究者が導き出したもので、科学的なデータを根拠としています(しかし反論もあります)。
 さて、レジ袋からマイバッグに変えることで、本当に地球温暖化抑止に貢献できているのでしょうか?
 地球温暖化が科学的なデータを元にしているのであれば、それを抑止する行動も科学的に適切と言えるのかどうかを考えるべきです。

 日本では2020年7月1日よりレジ袋有料化が始まりました。私自身も含め、多くの国民はこれを義務だと感じていたと思います。ところが義務ではなかったのです。
"レジ袋有料化は義務ではない。単なる「強い推奨」にすぎなかった、政府が答弁"
(https://nikkan-spa.jp/1824369)

 また、有料化の目的は当初、海洋プラスチックゴミの削減でしたが、日本から直接的に海洋に排出しているプラスチックごみは日本で年間生産されるプラスチックごみ全体の0.5%以下
(https://news.livedoor.com/article/detail/18761986/)で、なおかつ、海岸に漂着するプラスチックごみのうち、ポリ袋の占める割合は0.3%(容積比)に過ぎないというのです
(https://www.news-postseven.com/archives/20200715_1578159.html?DETAIL)。

 論理破綻したので、次は「地球温暖化対策(CO2削減)のため」と目的をすり替えました。
 ところが、プラスチック生産に使われる原油は全体のわずが3%です。
 (http://www.pwmi.jp/plastics-recycle20091119/life/life3.html#:~:text=プラスチック生産に使われる,わずか3%(2018年)&text=2018年に消費され,キロリットル※1です。)
そこから、レジ袋に使われた原油を推計すると全体の 0.09% に過ぎません。

 これもまた論理破綻してしまいました。そして、環境省は「国民生活に身近なレジ袋の有料化をきっかけとして、使い捨てのプラスチックに頼った国民のライフスタイル変革を目指していく。」と、またまた目的をすり替えました。

 これもまたまた奇妙です。レジ袋有料化の議論では、最後は焼却さ処分されるものの、使い捨てではなく、家庭のゴミ袋として再利用されている、と言われていました。私の家庭でもゴミ袋として再利用していました。使い捨てしていなかった人の方がもともと多かったかもしれません。

 もともと再利用されていたものを指して「使い捨て」と言ってしまった環境省はいったい何を見ていたのか?日本の官僚は優秀とよく耳にしますが、本当にそうなのか?と疑ってしまいます。

2022年04月25日

食品ロス削減と飢餓撲滅

 日本はカロリーベースの食料自給率が37%(農林水産省「食料需給表(令和2年度)」)と、多くの食料を海外に頼っています。その一方で、食べられるのに捨てられる食品、いわゆる「食品ロス」の量は、年間570万トン(令和元年度推計(農林水産省・環境省))と推計されています。2017年度推計612万トンの廃棄が、国民一人当たり毎日ごはん茶碗一杯分(約132g)とされていた(https://www.no-foodloss.caa.go.jp/nofoodloss-month_anser.html#:~:text=日本の食品ロス量,すると、どのぐらいでしょう。&text=日本の食品ロス量は、2017年度推計で,分に相当します。)ので、令和元(2019)年度では、ごはん茶碗一杯弱といったところでしょう。

 私たちの食品ロスを減らすことで、アフリカなどの飢餓が救えるか?と聞かれた場合、単純に答えるなら"No"になります。しかしながら、食品ロスの削減は、SDGs【目標12】つくる責任 つかう責任、を実行することになります。SDGs的にはアリな行動です。
 家庭における食品ロスの削減は「食べきる量を買う」ことや「食べきれなかった場合は冷凍保存などして後で食べる」など、無駄を省くことになります。
 それにより出費が減るため家計は助かります。一方、各家庭の出費減は国全体の消費減であり、遡って生産量や輸入量が減ることにつながります。これでは、SDGs【目標8】働きがいも 経済成長も、の「経済成長」に逆行してしまいます。

 そこで、私たちが消費しなくなった分の輸入食料を、飢餓で苦しむ人たちのところへ届けられれば、一時的にではありますが、飢餓人口を減らすことに貢献できます。
 輸入するはずだった食料を飢餓で苦しむ人のところへ届けるシステムづくりは、そう簡単ではないかもしれません。しかし、個人単位で考えた場合、各家庭の食品ロス削減で浮いたお金を寄付に回せば、飢餓撲滅への一助になります。これを集団で組織的に行うことが、システムづくりといえるでしょう。
 
 日本は食糧安全保障の面からも、地産地消をもっと促進する必要があります。そして、国として輸入食料の削減を数値で示し、その数値分の食料を飢餓で苦しむ人々のもとへ送るシステムを考えてほしいものです。
 また、こうした試みを国でなくても、市町村単位でできたとしたなら、そのまちはSDGs的に一歩進んだまちとして、日本のみならず世界から注目を集めることになるかもしれません。

2022年04月18日

SDGs【目標2】飢餓をゼロ、を考える

 SDGs(持続可能な開発目標)の【目標2】飢餓をゼロ、は【目標1】貧困をなくそう、や【目標3】すべての人に健康と福祉を、など複数の目標にも関係しています。
 ハンガーマップ2021(https://ja.wfp.org/publications/hankamatsufu2021)には、国別で全人口に占める栄養不足人口の割合が示されています(下図)。 


 これを見ると、いわゆる南北格差が明瞭です。そして、アフリカに飢餓人口が多いことがわかります。
 ではなぜアフリカに飢餓人口が多いのでしょうか?
 https://gooddo.jp/magazine/hunger/africa_hunger/1982/#:~:text=連日の悪天候や異常,しまうことにつながります。
によれば、アフリカの飢餓の原因は異常気象や台風など自然災害による農作物の不作だけでなく、内戦や紛争、教育機会の欠如などにもあるとされています。

 下図(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol19/index.html)は外務省にあるアフリカ大陸の情勢不安定地域を示した図です。赤色のエリアが情勢が不安定な地域になります。コンゴ東部やソマリアは紛争地域かつ飢餓人口が多い地域になります。


 では、なぜ内戦や紛争が起きるのでしょうか?
 https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Column/ISQ000007/ISQ000007_008.html によれば、イスラーム急進主義とアフリカの国家をめぐる問題があるとしています。
 紛争が続く国々の多くは、汚職や開発の失敗によって政府が信用をなくし、「世直し運動」としてイスラーム急進主義が入り込んでいるということです。
 また、アフリカの国境は植民地時代に民族的まとまりなどが無視された形で欧米列強が線引きしたものです。こうした歴史的背景が国家運営を難しくしているというのです。

 https://www.worldvision.jp/children/poverty_15.html#:~:text=資源をめぐる内戦,なっているのです。
によれば、アフリカの内戦の原因には、
 1. 民族や宗教の違いによる内戦
 2. 資源をめぐる内戦
 3. 代理戦争としての内戦
があるとしています。

 そして、紛争鉱物といわれる問題もあります。
 紛争鉱物(Conflict minerals)とは、アフリカ諸国などの紛争地域で採掘された鉱物資源のことで、米国金融規制改革法(ドッド・フランク法)は、規制対象の鉱物資源を、すず、タンタル、タングステン、金(3TG)の4つの鉱物と定義しています。
(https://sustainablejapan.jp/2017/12/30/conflict-minerals/29965)
 こうした紛争鉱物が資金源となり、内戦が長期化しているということです。
 紛争鉱物の規制は米国やEUなどでなされているものの、内戦が続いている事実から推測すれば抜け道があるのでしょう。

 SDGs【目標2】飢餓をゼロ、ひとつだけ取り上げてみても、その背景は複雑で目標達成は一筋縄でいかないことがわかります。

2022年04月04日

SDGsは実現可能か?

 近年よく目にするSDGs (Sustainable Development Goals) って本当に実現可能なのでしょうか?
 SDGsは「持続可能な開発目標」と訳されています。SDGsは以下に示す17の目標と、それらを達成するための具体的な169のターゲットで構成されています。

【目標1】貧困をなくそう
【目標2】飢餓をゼロ
【目標3】すべての人に健康と福祉を
【目標4】質の高い教育をみんなに
【目標5】ジェンダー平等を実現しよう
【目標6】安全な水とトイレを世界中に
【目標7】エネルギーをみんなに そしてクリーンに
【目標8】働きがいも 経済成長も
【目標9】産業と技術革新の基盤をつくろう
【目標10】人や国の不平等をなくそう
【目標11】住み続けられるまちづくりを
【目標12】つくる責任 つかう責任
【目標13】気候変動に具体的な対策を
【目標14】海の豊かさを守ろう
【目標15】陸の豊かさも守ろう
【目標16】平和と公正をすべての人に
【目標17】パートナーシップで目標を達成しよう
 
 SDGs は、国連加盟国全193カ国が2016年から2030年までに達成を目指すものです。
 これらが全て実現した世界は理想郷といえるかもしれません。しかし、残り8年で達成できると本気で考えている人は、世界中探してもどこにもいないのではないでしょうか。

 「持続可能な社会」といって思い浮かぶのは、江戸時代の日本です。江戸時代の庶民の生活は、まさに循環型社会だったといわれています。料理で使った火の灰や人の糞尿さえも、経済循環されていたといいます。ゴミとされるものは、割れて使えなくなったお皿など、修理もできないものだけだったようです。
 しかし、今の世界を江戸時代のような生活にすることに賛成する人はほとんどいないでしょう。

 人や国の不平等がない世界(目標10)って、どんな世界でしょうか?
 全ての国の人々が平均的なアメリカ人の暮らしをすることでしょうか。であるならば、世界中の人々がスマホや車を所持し、ステーキやハンバーガーを自由に食べられる世界です。しかし、大量のエネルギーや資源を消費するアメリカ型の社会が全世界に広まることは非現実的です。
 一方、先進諸国の人々の生活レベル下げ、浮いたエネルギーや資源を発展途上国で使えるようになれば、人や国の不平等がない世界(目標10)が実現するかもしれません。しかしこれもまた、先進諸国の反対で実現しないでしょう。

 そこで、先進諸国の生活レベルを下げずに、なおかつ発展途上国が豊かになれば、不平等がない世界になるとの理屈が思い浮かびます。そしてそれを技術革新で実現しようといった発想です。それがSDGsなのかもしれません。
 しかしそれにも?(クエスチョンマーク)がついてしまいます。
 例えば、LEDランプはそれまでの蛍光灯に比べて、消費電力が少なくかつ長寿命です。SDGsにみあった商品といえます。しかし、省電力だからといって総数が増えたらどうなるでしょうか。いくら一つの消費電力が少なくても、色々な場所で使われて数が増えれば全体の消費電力は大きくなってしまいます。
 昔は限れられた場所でしか見ることができなかった冬の名物イルミネーション。今日では全国各地で見ることができます。そして、それは公共の場のみならず個人宅にまで広がっています。
 人の欲望に歯止めはかけられないようです。

2022年03月29日

川魚はいまだに放射能汚染

 明日で東日本大震災から11年になります。時が経つとどんな惨事も人々の記憶からは薄れていきます。東日本大震災も例外ではありません。
 世論調査にみる震災10年の人々の意識(NHK放送文化研究所, 放送研究と調査, 2021)には、全国および岩手・宮城・福島の被災 3 県で2020年に実施された世論調査の結果が示されています。
 震災の記憶や教訓の風化、被災地に対する関心の薄れを感じている人は、全国・被災 3県ともに8割にものぼりました。震災の風化はこの世論調査からも明らかです。

 しかし、福島第一原発の事故処理は遅々として進んでいないと感じます。
 あまりニュースで取り上げらませんが、淡水魚(川魚など)の放射能汚染は以前続いています。
 海の魚については、広大な海の拡散力もあってか、一部の魚種を除いてセシウムが検出できないレベルにまで下がりました。
 一方、淡水魚は放射能汚染が下げ止まり、アユやイワナなどから基準値を超えるセシウムが検出されることがあります。
 (例えば、https://genpatsu.tokyo-np.co.jp/page/detail/553)
 その理由のひとつとして、森林が汚染されたままなので、そこから流れ出る河川も汚染されたままといわれています。広大な森林を除染(汚染物質の移動)するのは非現実的です。

 原発事故はまったくもって Under Control (何の問題もない)ではありません。

2022年03月10日

ロシアのウクライナ侵攻と日本の核共有議論

 ロシアがウクライナに軍事侵攻しました。そして、ロシア・プーチン大統領は核兵器使用まで匂わせています。
 こうした現状に対して、「日本も核兵器共有を議論すべきだ」といった声が安倍前総理や日本維新の会から上がっています。しかし、非核三原則のある日本では、核兵器は「もたない、つくらない、もちこまない(もちこませない)」ものです。日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は非核三原則を昭和の価値観と述べたようです。
(https://www.jiji.com/jc/article?k=2022022800933&g=pol)

 実際に軍事侵攻したロシアの脅威だけでなく、日本周辺には北朝鮮や中国の脅威もあります。これら3国とも核兵器保有国です。核の脅威に対しては核で対抗と考えるのはわからなくもありません。一方で、広島と長崎に原爆を落とされた日本として、非核三原則は絶対に守るべきだ、といった意見もわからなくもありません。

 こうした議論をする際に、忘れてならないことがあります。それは「旧敵国条項」です。これは国際連合憲章中にある条項で、第53条、第77条1項b、第107条に規定があります。日本は旧敵国のひとつであり、簡単に言えば、日本の軍事活動をロシアや中国が侵略行為と見なせば、安全保障理事会の許可を必要とせず、日本を攻撃できるものと考えてよいでしょう。
 戦後70年以上が経過した現在でも、この旧敵国条項をはじめ日本が独立国ではないような取り決めが数多く残っています。核共有などの議論の前に、日本にとって不平等な取り決めの解消についての議論が必要かと考えます。

2022年03月01日

二酸化炭素は"悪"といった刷り込み

 地球温暖化の問題が世間に広く浸透してきたことに伴い、その原因とされる二酸化炭素(CO2)を悪者と考える人が多くなっているようです。もう少し正確に言うなら、"二酸化炭素(CO2)排出=悪"といった考え方です。
 大学の講義のなかで、地球温暖化に関して学生に意見を述べてもらったことがあります。ほとんどの学生が、発電に際しCO2を排出するかしないかを、その発電方法の良し悪しの判断基準にしていました。例えば、「原発は発電時にCO2を排出しないからクリーンなエネルギー」といった考え方です。原発推進派による宣伝が国民に浸透していると感じました。
 近づいたら人が数十秒で死んでしまう猛毒(高レベル放射性廃棄物)を生む原発のどこがクリーンなのか?その安全な処分方法も見いだせていないのに、人類は原発を止めようとはしません。また、チェルノブイリや福島第一のように、大事故が発生したなら汚染物質は世界中に拡散します。発電所付近は人が住めない土地になってしまいます。こうした原発のどこがクリーンなのでしょうか?
 "二酸化炭素排出(CO2)=悪" といった刷り込みにより、別の悪者である放射性物質(廃棄物)の存在を忘れてしまいがちです。クリーンかどうかの判断基準はひとつではありません。本当にクリーンな発電を求めるなら、私たちは様々な基準で比較検討して判断すべきです。
 では、太陽光発電や風力エネルギーなどの再生可能エネルギーはクリーンな発電なのでしょうか?
 太陽光や風力は、発電時にCO2を排出しませんし、放射性廃棄物も出てきません。その点ではクリーンといえるかもしれません。しかし、太陽光や風力は発電能力が不安定なため、蓄電池(バッテリー)がどうしても必要になります。そのバッテリーには、いわゆるレアメタル・レアアースが使われます。
 レアメタルやレアアースが、どこでどのようにして採掘・製錬されているのでしょうか?その過程でCO2や他の有害物質はどの程度作られるのでしょうか?本当にクリーンかどうかは、原材料の生成(上流)から発電(中流)、廃棄(下流)まで、全体を通して考えなければ、正しい答えにはたどり着けません。原発の原料となるウランについても、石油や石炭などについても同様です。特に、原料の発掘や製錬といった上流部に関する情報は、ほとんどと言っていいほどマスコミは取り上げていません。

 日本では、官僚などが政治家に忖度して、情報を隠蔽したり改ざんしたり、はたまた破棄したりして、事実を覆い隠してしまいます。
 しかし、地球は忖度してくれません。データを改ざんしてカーボンフリーだ、と主張しても、CO2の濃度が実際に減るわけではありません。事実ベースで考えなければ、問題の解決にたどり着くことはありません。

2022年01月24日

やはり原発はクリーンに非ず

 原発は「危険」だけど「必要」? 福井県内の高校生、同世代調査
 (https://mainichi.jp/articles/20211211/k00/00m/040/209000c)
といったWeb記事がありました。
 福井南高の生徒たちが、福井県内の高校に通う同世代の若者たちが原発にどのような意識を持っているのかを調べるアンケート調査を実施し、その結果が紹介されていました。
 そのなかに、「これまでに学校で学んだ原発関連の項目」(複数回答)を尋ねた結果が示されていました。高かったものは、「福島第1原発事故」64.9%、「原発の仕組み」61.4%、「原発のデメリット」58.0%、「メリット」54.1%でした。
 一方、原発の発電と再処理の過程で生じる「高レベル放射性廃棄物(核のごみ)」については 23.5%、その処分方法となっている「地層処分」については 10.4%と、廃棄物処理など発電が終わった後の段階については、学んだと答える人が少ない結果となりました。

 廃棄物処理といった原子力発電の「下流部」に関することが教えられていないことは確かに問題ですが、「上流部」のことは全く無視されているようです。もしかしたらアンケート調査の選択肢にすら「上流部」のことはなかったのかもしれません。

 原発の上流部とは、ウランが日本に輸入されてくる前のことです。ウラン鉱石は、通常イエローケーキ(ウラン鉱石精製の過程の濾過液から得られるウラン含量の高い粉末)の状態で取引されるので、そこまでの段階をここでは「上流部」とします。
 ウラン鉱石が採掘され、イエローケーキと呼ばれる段階になるまでに現地ではどのような問題が生じているのか、日本ではほとんど報道されないので、学校で教わらなかったとしても無理はありません。しかし、今後も必要不可欠なエネルギー源として原発の是非を考えるなら、CO2排出や高レベル放射性廃棄物の問題だけでなく、鉱石採掘といったライフサイクルのはじまりから考えなければ、誤った答えにたどり着いてしまう恐れがあります。
 ウラン採掘時にも放射性廃棄物が大量に発生していることや、ウラン鉱山周辺の地下水などの環境汚染、鉱山作業員の高い肺がん発症率、危険性を知らされずに働く貧困層、虐げられてきた先住民のことなど、実は原発の上流部には、私たち日本人のほとんどが知らないたくさんの問題があります。
 「イエロー・ケーキ――クリーンなエネルギーという嘘」(Yellow Cake The Dirt Behind Uranium)というドイツのドキュメンタリー映画があります。2010年につくられましたが、日本では限られた場所でしか上映されませんでした。原発の上流部を知れば知るほど、原発がクリーンなエネルギーなどというのは真っ赤な嘘で、社会的立場の弱い人々を犠牲にして得られるエネルギーだということがわかります。

 洋服の分野では、原材料となる綿花について、人権問題のある新疆ウィグル自治区で作られた綿花を使用していたアパレル会社が世間から叩かれたことがありました。原発についても、同様の動きが今後日本で起こることを願っています。

2021年12月13日

EV車の検査を太陽光や風力で賄うには

 前回(2021年11月15日)のブログで、EV車(電気自動車)は、完成時に行われる充放電の検査で、1台につき平均家庭1週間分の電気が(ムダに)消費される、といったお話ししました。また、新車400万台がすべてEV車になったと仮定すると、毎年7.6万世帯1年分の電気がムダに消費される計算になりました。

 では、この平均家庭7.6万世帯の電気を太陽光発電または風力発電で賄うとした場合、どの程度の規模の施設が必要になるかを考えてみたいと思います。
 資源エネルギー庁によれば、100万kW級の原子力発電所が発電する1年分の発電量を太陽光発電で賄う場合、山手線一杯分の面積(約58㎢)が必要になるとあります。風力発電ではその3.4倍(約214㎢)になります。
(https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/nuclear/nuclearcost.html)

 電力計画.com によれば、4人世帯が1日に消費する電力量は、およそ13.1kWhとあります。
(https://standard-project.net/energy/statistics/energy-consumption-day.html )
平均家庭をこの4人世帯とした場合、1台につき平均家庭1週間分ですから
 13.1kWh × 7days = 91.7kWh となります。
 また、年間400万台の新車が年中無休で生産されたと仮定した場合、1日平均約10,959台で1時間平均にすると、約457台となります。
 91.7kWh × 457台 = 41,907kWh なので、毎時41,907kWの電力を生産できる発電能力が必要と考えます。
 100万kW級 ÷ 41,907kW = 23.86 → 100万kW級を太陽光発電で賄う場合、約58㎢が必要になるので、41,907kWを生産するためには、
 58㎢ ÷ 23.86 = 2.43㎢ の敷地が必要となります。
 これは、東京ドーム(0.047㎢)51.7個分、皇居(1.42㎢)1.7倍の面積に相当します。
 風力発電では、これらを3.4倍して、東京ドーム約176個分、皇居の約5.8倍の面積が必要ということになります。

 上記はいろいろと仮定を重ねた計算なので、これが正しいとは言い切れませんが、太陽光発電や風力発電でEV車充放電検査に必要な電力を生産するだけでも、かなりの規模の施設が必要になるようです。

2021年11月22日

EV車完成時の充放電の検査

 自動車業界では欧州を中心に、ガソリンエンジンと電気モーターで動くハイブリッド車も含め、ガソリン車を廃止してEV車(電気自動車)しようといった流れになっています。このEV車促進がCO2削減のためというのは建前であって、実はハイブリッド車でトヨタに敵わない欧州の自動車業界がトヨタを締め出すために仕組んだものだ、といった声もあります。そうした政略的な話とは別に、EV車が抱える問題点について考えてみたいと思います。

 豊田章男(トヨタ)社長は、全面EV移行に賛同するものの、それには色々と懸念材料があることも述べています(https://www.youtube.com/watch?v=6zoznlVU0VU)。
 そのなかに、EV車の完成時に行われる充放電の検査で、1台につき平均家庭1週間分の電気が(ムダに)消費される、といった話がありました。ということは、1年は52週または53週なのでその間をとって、52.5台で平均家庭1年分の電気が(ムダに)消費されることになります。また、日本の乗用車の年間販売台数を400万台とすると、
 400万台÷52.5台=7.6万台→1年間で平均家庭7.6万世帯1年分の電気がムダに消費されることになります。
 7.6万世帯とは、だいたい何万人規模のまちになるのでしょうか?総務省の資料によりますと、千葉市花見川区が約7.6万世帯で人口は約17.7万人とあります。
(https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/17216_1.html)

 平均家庭というものが、どのような定義なのかが不明ではありますが、おおよそ人口規模が17万〜18万人のまちが1年間に消費する電力が、充放電の検査だけに使われてしまうことになると考えることができるでしょう。
 自動車をすべてEV車(電気自動車)にするということは、これだけ多くの電力を余計に消費するということでもあるわけです。

2021年11月15日

地球からの搾取とは?

 11月1日から12日までの予定で、COP26(気候変動に関する国際会議)がイギリスのグラスゴーで開催されています。
 環境活動家として有名なスウェーデンのグレタ・トゥンベリさんがデモに参加し「人々や自然、そして地球からの搾取はもうたくさんだ。搾取をやめろ。ああだ、こうだ言うのはやめろ」と訴えたとのニュースがありました。
 人々、特に発展途上国の人々からの搾取は理解できました。しかしながら、地球からの搾取はわかりませんでした。
 搾取とは、一般的に乏しいものを無理にとること、とあります。グレタさんの発言が正しく翻訳されていたとしたら、「地球からの搾取」といった言い方は正しくないと考えます。「地球資源の浪費」ぐらいならわかります。

 約46億年といわれる地球の歴史をざっと見てみると、地球表面がマグマで覆われていた状態から冷え固まって、様々な鉱物からなる岩石(大地)ができました。海ができて、生命が誕生し進化していきました。その過程で一部の生命の死骸は、石炭や石油などに形を変えていきました。さらに、地球上の鉱物や石炭・石油などを利用する生命体(人類)が出現しました。
 あまりにもザックリとした振り返りではありますが、人類が石炭や石油といった化石燃料を使って発展してきたことは、地球の歴史を考えると自然な流れだと感じてしまいます。地球は人類のために様々な天然資源を用意してあげた、と考えることもできます。もし、地球に意識があったとしたなら、現状を人類に搾取されたなどとは思わないでしょう。何せ46億歳も生き続けているわけですから。

 搾取といったキーワードからは、特に発展途上国の人々からの搾取について、先進国がしてきたこと、そして今もしていることの事実を知ることが重要だと考えます。

2021年11月08日

自民は勝利、立民は敗北

 昨日(10月31日)投開票の衆議院選挙の結果が出ました。自民党は議席を減らしたものの単独過半数を確保しました。一方、野党第一党の立憲民主党は野党共闘による候補者の一本化を図ったにも関わらず、改選前より議席を減らしました。敗北といっていいでしょう。共闘した日本共産党も議席を減らしました。そして、日本維新の会は約4倍増の大躍進でした。また、立憲民主党と袂を分かった国民民主党も議席を増やしました。

 この結果を自分なりに考えますと、国民の民意は、与党自民党批判の気持ちはあるものの、だからといって野党の立憲民主党に政権が担えるとは思えない。だから、"よ"党でも"や"党でもない、"ゆ"党といわれた維新へ票が流れたのではないでしょうか。それは、国民民主党が議席を伸ばしたことにも表れていると思います。
 結党時にはそれなりに期待を持たれていた立憲民主党ですが、ここ数年は自分たちが議員であることが優先の政党にしか感じられませんでした。単なる数合わせにしかみえない今回の共産党との共闘も「保身」第一優先と映りました。

 自民党の問題先送りで現在になってしまった少子化と高齢化による人口減少社会で、これからこの国をどのような国にするのか?また、2040年前後に発生か?ともいわれている南海トラフの巨大地震と、その前後に発生するかもしれない首都直下地震や富士山噴火など、東日本大震災を上回る国難にどう立ち向かうのか?
 与党を批判するだけの野党はごく一部で十分です。与党案がダメなら我々が、と前向きな野党が育つことを願っています。

2021年11月01日

人口減少が争点にならない総選挙

 今度の日曜日(10月31日)は衆議院選挙の投票日です。
 ホームページからダウンロードできる各党の主張を眺めてみますと、ほとんどの政党が新型コロナ対策が第一に上がっています。これは仕方ないとしても、正面から人口減少の問題に取り組む姿勢が見られた政党は、残念ながらありませんでした。この問題は私たち有権者の関心も低く、選挙の争点にはなっていません。

 人口減少(これは少子化と高齢化によるもの)の影響は、これから年を追うごとに顕在化していきます。すでに少子化による小中高等学校の合併は各地で進行しています。また、介護現場などでの労働人口の減少から、外国人労働者を受け入れるようになっています。
 今後移民を大量に受け入れて、労働人口を補う国にするのか?それとも移民による様々な問題を考えるなら、移民を受け入れない国にするのか?これは非常に大きな問題です。一方、そうした移民の是非以前に、国力が衰退し続けている日本には、今後移住を希望する人がいなくなる、といった声もあります。

 防災についても、消防団員の定員割れは各地ですでに顕在化しています。例えば、神奈川県川崎市では2020年8月1日時点で、市内8つの消防団全てが定員割れとのことです
(https://www.townnews.co.jp/0204/2020/08/21/539148.html)。
 国土強靭化といった考え方は、国民の命を守ることを考えれば当然のことといえます。しかし、防災を考えて様々な整備を行ったとしても、それを維持していかなければ、いざ災害が起きた時に正常に機能しない可能性があります。そうした維持管理をするにも人が必要です。


 もう10年以上前のことになりますが、市議会議員をしていたときに、少子化と高齢化による人口減少社会を生き抜くためのまちづくりを政策に掲げたことがあります。しかしながら市民の反応は今ひとつでした。
 この問題が世間の関心を集め、マスコミでも毎日のように取り上げられるようになったときは、すでに日本の衰退が止まらなくなってしまったときなのかもしれません。

2021年10月25日

温暖化と二酸化炭素

 前回(9月21日)のブログでIPCCによる「人間が地球の気候を温暖化させてきたことに "疑う余地がない"」といった報告の話をしました。
 地球温暖化の主な原因としてあげられるのが温室効果ガス、特に二酸化炭素(CO2)です。図1は過去42万年間の二酸化炭素濃度(緑)と世界の気温(赤)と海水面のレベル(青)の変動を示したものです。

図1
https://johnenglander.net/420000-years-temp-co2-and-sea-level-what-coincidence/

 これを見ると、二酸化炭素と気温との間には高い正の相関があるようです。しかし、近年に限っていうと、二酸化炭素濃度の急激な上昇に気温の上昇が追いついていないように見えます(赤丸で示したところ)。

 図2上は、過去1万年間の二酸化炭素濃度の変動を示しています。近年の急激な上昇がここでも見られます。これと気温の変動とを比較してみます。図2下は1961~1990年平均値からの気温の偏差を表しています。近年の急激な上昇は二酸化炭素と同じですが、過去1万年前から4,000年前ぐらいの間は平均値よりも気温が高かい状態でした。

図2(下図の赤縦線が1万年前)
上)https://shigurechan.com/nature/the-rise-of-co2-concentration-is-the-highest-in-history
下)https://wired.jp/2013/03/12/hockey-stick/

 比較のため、別の過去の気温変化を示します(図3)。この図は図2下ほど過去1万年前〜4000年前ぐらいの高温が顕著ではありませんが、やはり現在よりは高温だったことを示しています。

図3(図中の赤縦線が1万年前)
https://ja.wikipedia.org/wiki/過去の気温変化

 しかし、図2上の二酸化炭素には、これに対応する過去1万年前〜4000年前ぐらいの高濃度の変動が見られません。過去42万年間では見られた二酸化炭素と気温の相関が、過去1万年間では見られません。図2は図1はの横軸(時間)を単純に拡大したものではありません(別データ)が、対象とする時間幅を変えると二酸化炭素と気温との関係が違って見えてきます。

 地球を温暖化させる原因は二酸化炭素による温室効果だけではありません。二酸化炭素の排出を削減できれば現在の温暖化問題が解決する、と考えるのは問題がありそうです。

2021年09月27日

現在の温暖化は人間によるもの「疑う余地がない」

 先月の9日、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、人間が地球の気候を温暖化させてきたことに「疑う余地がない」とする報告を公表しました。
 地球温暖化の原因が人間活動にあるといったことを、これまでにない断定的な表現を使ったとして注目されました。

 これに反応してなのか、同月17日には「気候危機説「不都合なデータ」は隠蔽 地球温暖化で災害の激甚化など起きていない、モデル予測に問題あり」といったWebニュースが「夕刊フジ」から配信されました。ただし、この記事の元は今回の IPCC の発表以前のものになります。
https://web-willmagazine.com/energy-environment/80fKL(Daily WiLL Online)
https://cigs.canon/article/20210420_5752.html(キャノングローバル戦略研究所)

 さて、この記事を誰(どこ)が配信したのか?といった視点からまずは見てみます。
 Daily Will Online は WiLL という雑誌のオンライン記事です。そして、17日に同じ内容を配信したのは「夕刊フジ」です。いずれも右寄りといわれているメディアになります。世間に広がっている地球温暖化の考えに反する考え方は、もしかしたら右寄りのメディアが好む内容なのかもしれません。

 記事の内容についてはどうでしょうか?
 この記事では、「災害は「激甚化」していない」として、台風のデータを取り上げています(図1)。

図1  気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018より

 この図は、「気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018 ~日本の気候変動とその影響~」2018年2月 環境省 文部科学省 農林水産省 国土交通省 気象庁 から引用したものです。
 確かに、台風は増えてもいませんし強くもなっていません。しかし、同レポートには以下のようなデータも掲載されています。

図2 気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018より

 この図は、日本における1901~2016年の月平均気温の各月における異常高温と異常低温の年間出現数になります。異常高温の出現数が増加する一方で、異常低温の出現数が減少している傾向がみられます。こうしたデータは、どちらかといえば温暖化を支持するデータですが、「気候危機説「不都合なデータ」は隠蔽・・・」では触れていません。

 また、記事のリードでは「災害は「激甚化」していない」とあります。気候による災害は台風だけではないのに、台風のみのデータを示して自らの主張の正しさの根拠としています。自説に都合のよい根拠だけを取り上げて、こじつけることをチェリーピッキングといいます。
 では、災害は「激甚化」しているのでしょうか、それともしていないのでしょうか?
 図3は再保険大手のスイス再保険による世界全体の自然災害の経済的被害額の推移を示しています。全体的に増加傾向がみられなくもありません。ただし、このデータには地震による被害も含まれています。

図3 http://rief-jp.org/ct2/68757

 次に、図4をご覧ください。自然災害による死者数が災害別に示されています。気象に関係するものとしては、上から2番目青色の Drought(干ばつ)、上から5番目緑色の Extream tempareture (異常高温や異常低温)、下から3番目黄色の Flood(洪水)あたりになるでしょう。

図4 https://ourworldindata.org/natural-disasters

 いずれも近年増加している傾向は見られません。むしろ、Drought(干ばつ)や Flood(洪水)では死者数が以前よりも減っています。死者数から見た場合、気象災害による「激甚化」は見られません。

 ただし、災害によるダメージは防災対策を進めることで小さくすることができます。近年、たくさんの死者を出さなくなった理由として、防災対策が進んだ可能性も考えられます。災害の「激甚化」を考える際は、何を持って「激甚化」といえるのか?といった言葉の定義をしっかりと決める必要があります。

2021年09月21日

また、だまされるかもしれない次の総選挙

 今回は、防災や地球科学などとは直接関係がありませんが、政治のホットな話題を取り上げたいと思います。
 現在の衆議院の任期満了は10月21日で、その前に9月29日投開票の自民党総裁選挙があります。
 昨日9月3日、菅義偉首相が退任の意向を示しました。これにより、少なくとも総選挙前に自民党総裁の交代、内閣総理大臣の交代が確定しました。自らの保身しか考えていない一部の自民党議員にとっては、新首相・新内閣というご祝儀相場で選挙に臨めると喜んでいるかもしれません。

 菅内閣のもとでの選挙であれば敵失で有利とみていた野党も慌てていることでしょう。立憲民主党の枝野幸男党首は菅首相の退任を「無責任」と批判しました。また批判か、と思った人も少なくないのではないでしょうか。この場合、菅首相が「コロナ対策に専念」と言ったのですから、「では明日にでも国会を開きましょう」ぐらいのことが言えないものか?と思ってしまいました。

 来たる総選挙で、新内閣への期待感・ご祝儀相場の気持ちをそのまま投票に持ち込んだら、嘘や隠蔽、改ざん、お友達優遇、国会軽視といったこれまでの政治が続くことになるでしょう。「国民なんか簡単にだませる」と、ますます国民不在の政治が加速してしまいます。
 「新型コロナ対策は誰がやっても批判される」と、安倍・菅政権を擁護する声もありますが、台湾やニュージーランドなどのように、国民から支持された政府もあります(ただし支持は流動的です)。ザルの水際対策、初動の遅れ、アベノマスク、五輪優遇の特例など、安倍・菅政権による対策は総じて国民に支持されませんでした。
 その間、自民・公明の議員たちはいったい何をしていたのでしょう?安倍・菅政権の失政に不満を抱く国民の声を、一体誰が代弁して政権を批判し、軌道修正を進言したのでしょうか?「政権批判しようものなら次期選挙で公認がもらえない」などと、自らの保身しか考えていない議員が山ほどいたのではないでしょうか?
 自分の選挙区の自民党または公明党議員が、この一年半余どれだけ自分たちの声を聞いて動いてくれたのか?そのことを決して忘れないで欲しいと思っています。

 では、野党はどうでしょう?野党議員も同じく自分の保身しか考えていないとしか思えません。仮に現政権に取って代わるつもりがあるなら、部分的でもいいですから影の内閣をつくって、現政権とは違う国民に期待を抱かせるような新型コロナ対策や経済対策などを逐次アピールすべきです(国民民主党は10万円給付をいち早く訴えていました)。ところが現実は、特に野党第一党の立憲民主党は、現政権への批判ばかりが目立っていて、政権奪取の本気さが全く伝わってきません。
 与党が支持を下げても支持率が上がらない今の立憲民主党は、まさに自公政権の最大のアシスト勢力です。
 国民が欲しているのは政権批判だけではなく、自公政権に取って代わることができる、対案を示す政権奪取に本気の野党の存在です。かつての民主党がそうでした。しかしながら、政党としての未熟さや個々人の能力の問題などから、国民の期待は失望へと変わりました。
 このことをもって一部の自民党の支持者などからは、しばしば「悪夢の民主党政権」といった言葉が出てきます。しかし、民主党政権は東日本大震災のときにちゃんと国会を開いていました。一方、安倍・菅政権は憲法違反であるにも関わらず、野党の求めに応じて臨時国会を開きませんでした。民主党のほうがまだマシでした。コロナ禍の安倍・菅政権は「悪夢が正夢になった自公政権」です。


 次の総選挙は菅内閣に対する国民の審判ではなくなりました。新内閣にご祝儀相場はつきものですが、今回ばかりはそのことは横に置いて、安倍・菅政権のコロナ対策を支持した自公政権(自民党・公明党議員)への審判と考えて欲しいです。
 とはいっても、今の野党に期待が持てないのも事実です。自公過半数割れまで追い込むことすらできないかもしれません。しかし、それでは今までと何も変わりません。首相の顔がかわっても結局中身は同じ。嘘、隠蔽、改ざん、お友達優遇、国会軽視などが続くことになります。ただし、これまでの嘘、隠蔽、改ざんを白日の下にさらし、責任を追及できるなら話は別です。
 新首相・新内閣を支持するとは、安倍・菅政権を批判してこなかった自民党・公明党議員を支持することを意味します。しかしながら、その時の雰囲気(空気)に流されてご祝儀相場になる可能性のほうが、現時点では高いとみています。(残念!)

2021年09月04日

東京五輪、CO2排出実質ゼロ "実質"って何?

 あまり知られていないかもしれませんが、東京五輪・パラリンピックでは、大会開催によって生じる二酸化炭素(CO2)の排出量を「排出量取引制度」を利用して、"実質" ゼロにするとのことです。そして、東京オリ・パラの開催で発生するCO2は東京都と埼玉県が無償で引き受けるとのことです(https://nordot.app/773485200627613696?c=39546741839462401)。

 これって何の意味があるのでしょうか?ここでいう "実質" とは、インチキとしか解釈できません。このCO2は、東京オリ・パラがなければ、そもそも発生することがなかったわけです。それを取引によって"実質"ゼロにするって、少なくとも私にはペテンとしか思えません。

 もし、人類が本当にCO2の発生を抑制したいと考えていたのであれば、「排出量取引制度」などという発想そのものがなかったでしょう。新型コロナが示したように、自然界は人間に対して忖度(そんたく)してはくれません。排出量取引などという "まやかし" は自然界にとっては何も意味がありません。 

 では、どうすれば良いか?最も直接的な方法は、人間の活動(主に経済活動)の抑制でしょう。

 下図は日本の発電電力量の推移を示しています。仮に現在の発電量を1975年頃(4,000億kWh)と同程度に抑えられたとしたら、現在の半分以下になります。それだけでも相当量のCO2発生を抑制できます。しかし、この発想は非現実的と一蹴されるでしょう。

(https://www.nippon.com/ja/features/h00006/ から引用)

 

 今の発電量を自然エネルギー等で賄うといった発想ではなく、かなり思い切って発電量そのものを抑制する生活様式の変化を考えないと、SDGs が掲げる「持続可能な発展」は難しいのではないか、と思っています。

2021年08月02日

東京五輪と自然災害

 大型の台風8号が、明日27日(火)頃に関東から東北地方に接近し上陸するおそれがあるとのことです。今、東京五輪が開催されていますが、一部競技の進行に影響が出るかもしれません。その程度だったら大したことありませんが、仮に競技場の近隣で大きな被害が出た場合の対応は大丈夫なのか、心配になってしまいます。

 菅義偉首相は、官房長官のときから「仮定の質問には答えない」、「仮定のことは考えない」が口癖でした。仮定のことを考えてそれに備えるのが防災です。菅さんが首相になってからも同様の発言をする姿を見てみて、「信じられない」と感じた人は少なくないのではないでしょうか。

 また、今年1月のテレビ朝日「報道ステーション」で、菅義偉首相の録画インタビューが放映されました。たまたまこれを観ていた私は、2週間前「静かな年末年始を」と呼びかけた時期に、感染者2000人は想像できたかと聞かれ、「いや、想像はしてませんでした」と応えた菅首相に唖然(あぜん)としてしまいました。「最悪の事態を想定してそれに備える」などという発想そのものが、残念ながらこの方にはできないのだと感じました。付け加えて言うなら、これは録画だったのですから、首相の周りの人が「これはまずい」と気付いてカットすべき内容だったでしょう。それすらできなかったのが、ある意味この国の危機管理意識のレベルということになります。

 東京オリ・パラ開催中に、もし、首都直下地震が発生したら?富士山が噴火したら?江戸川が氾濫したら?そうした仮定の事態に備えて、被害を最小限に食い止める準備はできているのか?菅義偉首相に加えてグダグダな五輪組織委員会、心配になってしまいます。

2021年07月26日

熱海土石流災害、太陽光パネルで思い出した鬼怒川の水害

 7月3日に発生した静岡県熱海市伊豆山(いずさん)の土石流災害は、違法な盛り土が原因ではないかともいわれています。また、崩落現場近くの尾根沿いに設置された太陽光パネルの影響を指摘する声もあります。

 この災害を受けて、小泉進次郎環境大臣は山林開発などで災害を招く恐れのある太陽光発電所の立地規制を検討する考えを示しました。「太陽光パネル」「災害」の2つのワードで、私は鬼怒川の水害を思い出しました。

 2015年9月10日、台風18号の影響による豪雨で、茨城県常総市では鬼怒川の堤防決壊や越水(堤防を越えて川の水が溢れる)被害がありました。そのうちのひとつ、若宮戸地区では太陽光発電所が川沿いに設置され、丘陵部(自然堤防)の一部が掘削されていました。この掘削された状態を放置したことが越水を引き起こしたのではないか?と問題になりました。

 ただし、これには事実誤認があると、後日河川を管理する国土交通省が記者発表をしています(国土交通省関東地方整備局, 記者発表資料: 鬼怒川左岸 25.35k付近(常総市若宮戸地先)に係る報道について, 2015, https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000632481.pdf)。この土地は太陽光発電事業者の民有地だったため、土地を借用して災害が起きる2ヶ月前の7月に、掘削前の高さになるよう大型の土のうを設置した、ということです。

 また、関東地方整備局,『鬼怒川の概要』及び 『平成27年9月関東・東北豪雨』について
(https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000686491.pdf)によれば、仮に掘削前の太陽光パネルがない状態だったとしても越水していた可能性が示唆されています。下の写真はこの報告書44ページにある問題となった自然堤防の変遷の様子を示しています。1947年(左上の写真)にはあった木々に覆われた自然堤防が、1980年(右上の写真)にはすでに大きく削り取られています。

『鬼怒川の概要』及び 『平成27年9月関東・東北豪雨』について より

 坂本他 (2017)「2015年鬼怒川水害における被災 地初動応答の調査・分析」によれば、1964年の東京オリンピックや1985年のつくば万博の際に、この自然堤防が削られその砂が使われたとのことです。また、削り取られる前の自然堤防は、もっと高かったようです。どうやら、太陽光発電所ができるだいぶ前の開発行為による影響も考える必要があるようです。

 先日、偶然聴いていたラジオ番組で熱海の土石流災害を取り上げた際、ある大学教員が環境省の太陽光発電所の立地規制について、鬼怒川の水害のときにやるべきだった、と話していました。熱海の土石流でも鬼怒川の水害でも、目立つ存在だった太陽光パネルが悪者として取り上げられた感があります。もちろん、影響が全くなかったとまでは言えないでしょうが、いずれのケースでも主たる原因は別にある可能性があります。熱海の土石流では盛り土、しかも違法な盛り土(産業廃棄物も含まれていた可能性も報道されています)が主たる原因かもしれません。(ただし、今後の調査結果を待つ必要があります。)また、2015年の鬼怒川の水害では、長年にわたる開発行為まで考慮する必要があるようです。

 今回の熱海の災害では、崩壊した土地の現所有者は盛り土だったことを知らなかったと報道されています。開発が長年にわたって行われると、その行為者や所有者などが移りかわることはよくあります。災害の原因調査では、過去に遡って調べなければならない場合があります。そうした理由からも行政が記録を残すことは大変重要になります。

2021年07月12日

世論調査で世論操作(メディアリテラシーの視点から)

 世論調査は本来、基本的な国民意識の動向を捉えるために行われるもののはずです。ところが、設問のしかたや順番、選択肢の内容などによって結果が大きく左右されることがあります。
 ここでは、結果が左右されたと考えられる事例として、NHKによる東京オリ・パラ開催に関する世論調査を見てみましょう。

 下の図は、2021年夏のオリ・パラ開催について、2020年10月から2021年5月までの月ごと(2020年11月は未実施)のNHK世論調査の結果を示したものです。(NHK選挙WEB世論調査より作成:https://www.nhk.or.jp/senkyo/shijiritsu/archive/2021_05.html など)

 2021年1月までの調査では、「開催すべき」「中止すべき」「さらに延期すべき」「わからない」の4つの選択肢でした。ところが2021年2月以降は「さらに延期すべき」の選択肢がなくなり、代わって「開催すべき」の選択肢が「これまでと同様に行う」「観客の数を制限して行う」「無観客で行う」の3つに細分化されました。

 この調査の結果を、2021年夏の開催について賛成か反対かで色分けした場合、2021年1月調査では「賛成」約16%、「反対」約77%となります(「延期」も2021年夏の開催には反対だからです)。ところが、2021年2月調査では「賛成」約55%、「反対」約38%となり、賛成が反対を上回ります。

 「さらに延期」と考える人は、中止は望んでいないわけだから、「中止」を選ぶよりは、消極的な賛成意見の「観客の数を制限して行う」、または「無観客で行う」のいずれかを選ぶことが予想されます。このようにして、世論調査は調査する側の意図に沿った結果になるように操作することが可能なわけです。

 NHKのホームページに示された質問の仕方は、2021年1月の調査では「ことしに延期され夏の開幕に向け準備が進められている東京オリンピック・パラリンピックについて聞いたところ、」とありました。これが、2021年2月には「東京オリンピック・パラリンピックの開幕まで半年を切りました。IOC=国際オリンピック委員会などは、開催を前提に準備を進めています。どのような形で開催すべきだと思うか聞いたところ、」となっていました。

 「どのような形で開催すべきだと思うか」、今夏の開催は”決定事項”として質問をはじめています。そして「さらに延期すべき」の選択肢をなくし、「観客の数を制限して行う」と「無観客で行う」といった消極的な賛成意見を選択肢に加えました。質問のなかで今夏の開催を既成事実化し、さらに「延期」の選択肢をなくして、延期を考えていた人たちを消極的な賛成意見へと誘導した、といった疑念が拭えません。

 2021年1月と2月の結果を比較すると、「中止」はいずれも約38%です。となると、「延長」意見だった人たちの大半が、「観客の数を制限して行う」もしくは「無観客で行う」に流れた、と考えるのが自然でしょう。

 さて、放送については、放送法というものがあります。その第4条に
 二 政治的に公平であること。
 四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
があります。

 意見が対立していた東京オリ・パラについて、「延期」の選択肢を消した行為は、放送法第4条の四に反するのではないでしょうか。「延期」の意見を無視したわけですから、「できるだけ多くの角度から」に逆行しています。さらに、政府が推し進める「開催」の選択肢を1つから3つに増やした行為は、政治的な公平性について疑念を抱かせます。
 公共放送であるはずのNHKが、政権への忖度を疑われるような世論調査を行い、それを放送したと思われても仕方ないでしょう(NHKには問題が多すぎます)。

 NHKが行ったこの世論調査は、まさに、質問の仕方と選択肢の内容によって結果が左右された事例といえます。情報を受け取る側の私たち一般市民は、公共放送であるはずのNHKですら、こうした世論操作まがいのことをするのだ、という意識をもって、毎日のニュースに接する必要があります。

2021年07月05日

原発はCO2削減に本当に役立つのか?

 原発推進派は、発電時に二酸化炭素(CO2)を生成しないから、地球温暖化抑制のためにも原発は必要だ、と主張します。今回はもっともらしく聞こえるこのロジックが本当に正しいのか?過去のデータを用いて検証してみます。
 最初に結論を述べますと、「原発の推進はCO2削減に役立っていなかった」になります。

 使用するデータは以下になります。
・原発の発電量:資源エネルギー庁のHPより【第214-1-6】発電電力量の推移
 https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2019html/2-1-4.html
・CO2排出量:全国地球温暖化防止活動推進センターのHPより
 https://www.jccca.org/download/13332

図1

 図1は1990年から2017年まで(27年間)の日本の原発発電量とCO2排出量の推移を示しています。縦軸は原発発電量 [億KWh] と CO2排出量[百万トン] の数字をそろえて表示しています。原発発電量は1998年までは毎年増加し、その後増減を繰り返し、2011年に急激に減少しています。これは東日本大震災の影響です。2014年にゼロになってから以降は毎年増えています。一方のCO2は、全期間(1990年から2017年まで)でほぼ横ばいです。この図から考えるなら、原発発電量とCO2排出量とのあいだに何ら関係はなさそうです。

図2

 図2はCO2排出量の増減がもっとわかるように、縦軸を拡大したものです。このようにすると、原発発電量とCO2排出量との関係性が考えやすくなります。原発発電量は前述した通り、東日本大震災のあった2011年とその翌年に急激に減少しています。一方、CO2は原発発電量が急減する前の年である2010年から増加に転じています。
 CO2は2008年と2009年に大きく減少しています。このとき何があったのでしょうか?2008年9月に米国でリーマン・ショックが発生し、その影響で世界経済は深刻な景気後退に陥りました。このCO2排出量の減少時期は、景気後退による経済活動の縮小が影響していたのかもしれません。CO2排出量の増減を考える際は、経済活動といった要素も考慮する必要があるようです。

図3

 図3は図2の最初と最後にグレーの網掛けをしたものです。ここからはデータリテラシーにも関連してきます。
 まず、(B)をみてください。原発発電量の増加に伴い、CO2排出量が減少しています。原発推進派はこの部分を切り取って、「原発の推進はCO2削減に効果的」と主張するかもしれません。このように、自説に有利なデータだけを切り取って示すことをチェリーピッキングといいます。

 次に、(A)の部分をみてください。CO2排出量は多少の増減があるものの、この期間(1990年から2000年)は、原発発電量の増加に伴いCO2排出量も増加しています。この期間の相関係数を計算すると 0.84 になります。

 相関係数とは、2つの異なるデータ間の直線的な関係の強さを表すものです。ここでは原発発電量とCO2排出量の2つです。相関係数は -1 から 1 の間の数値で示されます。一般的に0.7 以上だと「強い正の相関がある」とされます。(一方が増えれば、もう一方も増えるということ。)

 この場合、0.84ですから、「原発発電量とCO2排出量との間には強い正の相関がある」ことになります。言い換えるなら「原発発電量が増加すると、CO2排出量も増加する」ことになり、原発の推進がCO2削減に役立っていなかったことを示しています。

 ただし、あくまで1990年から2000年の10年間に限ったことです。また、相関があるからといって因果関係があるとは限りません。その点も注意が必要です。

 では、図に示した全期間(1990年から2017年)の相関係数はどうなるでしょうか。相関係数は -0.04 となり、両者はほぼ無相関(相関がない)といえます。

 以上、過去のデータにより検証した結果、「原発の推進はCO2削減に結びついていなかった」ことになります。

2021年06月28日

避難情報が改定

 令和3年5月20日から、大雨等で出される避難情報が改定されました。今まで「避難勧告」と「避難指示」の違いがわかりにくいといわれていました。今回の改定で「避難勧告」が廃止され、避難指示で必ず避難!となりました。

http://www.bousai.go.jp/oukyu/hinanjouhou/r3_hinanjouhou_guideline/pdf/poster.pdf


 避難情報に関わる文言は一般市民にとってわかりにくいものが少なくありません。今回廃止された避難勧告以外にも、例えば、避難所と避難場所、いずれも避難する場所ですが、違うものになります。避難所は、災害等で自宅で過ごすことが危険な場合に、行政から提供される学校の体育館や公民館などの居住場所になります。一方、避難場所は、地震などで火災が発生したときなどの際に一時的に避難する場所になります。一般的には、大規模な公園や緑地などが指定されています。 さて、実際に災害に見舞われたとき、その状況を判断して避難所と避難場所をうまく選択できるでしょうか。まずは、自分が住んでいる(または仕事している)地域の避難場所と避難所を確認することから始めましょう。

2021年05月21日

SDGsにかこつけた原発復権

 SDGs (Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標) といった言葉を最近よく見かけるようになりました。地球温暖化問題については、二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの排出規制が取り上げられています。4月22日、菅総理は新たな気候変動対策目標を公表し、日本は2030年時点で2013年度比46%の温室効果ガス削減を目指すことになりました。

 二酸化炭素排出削減にかこつけて原子力発電の復権を狙っている人たちがいます。4月12日、原発の新増設や建て替えを推進する自民党議員連盟の設立総会が開かれ、安倍晋三前首相がその顧問に就きました。

 福島第一原発の事故によりその安全神話は崩壊し、東日本大震災以降、世論は脱原発へと大きく傾きました。しかし、SDGsにかこつけてその復権を画策していた人たちが公然と原発推進を打ち出してきました。

 原発は発電時に二酸化炭素を排出しないことでクリーンなエネルギーのイメージを我々は長年マスコミの報道や政府広報などで見聞きしてきました。しかし、原発は二酸化炭素よりはるかに猛毒な高レベル放射性廃棄物を生み出します。人が近づくと20秒ほどで死んでしまうほどです。その処分方法についてはいまだに解決されていません。フィンランドでは地下深くに埋めてしまう地層処分を推し進めています。日本も同様に地層処分を検討していますが、日本はフィンランドとは地層環境が全く異なります。フィンランドは地震や火山活動がほとんどありません。一方日本は、地震や火山活動が活発です。また、地下水も豊富にあります。同じ土俵で考えることはできません。

 これ以上、原発を推し進めて高レベル放射性廃棄物を増やすことは、SDGsに沿っているとは思えません。この議連の動きは今後も注視する必要があります。

2021年05月07日